【8冊目】松村涼哉『ただ、それだけでよかったんです』おすすめ&感想
1ヶ月以上も間が空いてしまいましたが8冊目です。
第22回電撃大賞にて”大賞”を受賞した、松村涼哉先生の『ただ、それだけでよかったんです』を読んだのでおすすめ&感想記事を書いていこうと思います。
良くも悪くも小説の醍醐味である心情描写と共感性を犠牲にした作品。
しかしそれにはちゃんと理由があります。
一文目から提示される謎は話が進むほど深まり混沌としていき……?
衝撃の真相が明かされたとき、あなたは一気に共感の渦に巻き込まれるはずです!
「おすすめ&感想記事」の読み方
まずは記事の読み方からです。
これは毎回載せるので、「くどいよ!」と思う人は読み飛ばしてくださいね。
最初に独断と偏見で、読了した作品への評点を発表します。
プロの先生方の作品を評価するという行為に抵抗はありますが、この形が一番わかりやすいんじゃないかなぁと思っています。
以下の感じです。
- 各項目10段階で採点。(特に優れていたら10点以上もつけます)
- 評価項目は随時変わる、かも。
- 記事にするのは平均7点以上になった小説のみです。よって、このブログで紹介しているのは僕がとくに面白いと感じた作品ということになります。
- 小説への評価(感想)は人生を通して変化していくもの。再読した場合には第2弾以降の評点も追記します。(以前の評点もそのまま残しておきます)
以降、3段階に分けて、小説の感想やおすすめポイントを書いていきます。
あえて3段階に分けるのは、作品のネタバレ度合いを選択できるようにするためです。
単行本裏表紙のあらすじ(またはネット販売ページ上のあらすじ)を引用せていただき、それを元にして僕の抽象的な感想をお伝えします。
必要最低限のネタバレのみで読み始めたい人はここまで。
物語の核心には触れませんが、どんなストーリーなのかや、どんな気持ちにさせてくれる小説なのかといった僕なりの感想を書いていきます。
ある程度ネタバレを避けつつ、自分に合った小説なのかを吟味してから読み始めたい人はここまで。
読了済みの人に向けた感想です。
みなさんと感想を共有できたら嬉しいです!
【独断と偏見】『ただ、それだけでよかったんです』の評点
『ただ、それだけでよかったんです』を独断と偏見で評点します。
ストーリー 8 | ページをめくるたびに謎が深まり、常に読者の興味を惹いて放しません。 一方で、ミステリー好きの読者さんには向かないかもです。僕自身が推理しながら読まないのでなんとも言えませんが……伏線不足というか、読み物として面白いけど、推理しながら読むには説得力が足りないと感じました。 ただ、謎の真相にはきっと唸らされますよ! |
キャラ 6 | 謎の解明を軸にしているぶん、キャラの魅力や表現は今ひとつに感じます。キャラの行動や心情より、「こういうことが起きた」という事実が並べられている印象でした。 |
没入感 7 | 「続きが気になる」という没入感があります。 一方で、キャラには共感しにくいです。謎のために、あえて語らない(語れない)部分があるので仕方ないのですが……。 |
エモ度 (感情的) 9 | 真相を知ってから、一気に主人公への共感が生まれました。途中まで共感できなっかた作品で、最後の最後でこんな気持ちにさせられたのは初めてです……! 謎の真相も、多少の強引さはありますが「やられた! なるほどな」と思わされるものでした。 |
読み味 8 | 読みやすい文体、かつ言葉選びや表現に個性が感じられ、読んでいて面白かったです。個人的に西尾維新先生の文体を感じました。 時系列が分かりにくいですが、普通に読み進めるぶんには問題ありません。 いじめが題材なのと、全体的に暗いテイストなので、そういうのが苦手な方はご注意ください。 |
合計点:38 平均点:7.6 | 読者の興味を惹き続ける工夫や構成に驚嘆する一方で、ミステリーとして成立させるための伏線の張り方や多少の強引さに難を感じて、点数は低めになりました。 しかし謎の真相が抜群に巧いですし、そこから一気にキャラへ感情移入させるシーンも素晴らしかったです! |
ネタバレLevel①『ただ、それだけでよかったんです』のおすすめ&感想
一人の男子生徒Kが自殺した。
『菅原拓は悪魔だ』という遺書を残して——。
次第に明らかになっていく、
壊れた教室。「革命はさらに進む」
悪魔と呼ばれた少年が語り始めるとき、
『ただ、それだけでよかったんです』松村涼哉(電撃文庫)裏表紙より
驚愕の事実が浮かび上がる。
“驚愕の事実が浮かび上がる”。
『ただ、それだけでよかったんです』の魅力はこれに尽きます。
いじめを題材にした小説です。
一貫してシリアスかつ暗い雰囲気がつきまとうあたりは読者を選びます。
ですが毎年5000作品ほどの応募がある電撃大賞で大賞に選ばれた作品だけあって、その他大勢に埋もれないだけの尖った魅力がありました。
電撃大賞は「面白ければなんでもあり」をスローガンにしていまして、それに恥じない作品ですね。
「謎が謎を呼ぶ」といった連鎖性には少し欠けますが、「どんどん謎が深まる」「常に興味を惹かれる展開ゆえに一気に読みたくなってしまう」という魅力があります。
推理しながら読むというよりは、次々と起こる出来事や明かされる事実をリアルタイムで楽しむという読み方で楽しんでいただけると思います。
(推理しながら読む構造にはなっていないと個人的に思いました)
ラストに明かされる事実はまさに驚愕ですのでお楽しみに!
……にしても、松村はよくこんなこと思いつきますね。
そのワンアイデアで話を膨らませる手腕にも脱帽です。
ネタバレLevel②『ただ、それだけでよかったんです』のおすすめ&感想
それでは、この先はもう少しネタバレを含ませつつ感想を書いていきます。
序盤で提示される”謎” に触れますので、最初から最後まですべて自分の目で確かめたいという人はご注意ください。
悪魔のような中学生が一人で四人のクラスメイトを支配し、その中の一人を自殺させた。
『ただ、それだけでよかったんです』松村涼哉(電撃文庫)12ページより
本文最初の一文なのですが、極めて秀逸です。
この一文だけで複数の疑問が読者の脳裏に浮かびあがります。
- 「悪魔のような中学生」っていったい……?
- 四人で一人を支配なら分かるが、逆なんて有りえるのか?
- 一人が四人を支配できる環境なんて、そのクラスはどうなっているのだろう?
そしてこれこそ、この作品最大の魅力だと思いますが、なんと数行あとにはさらに謎が深まります。
まさか昌也が亡くなるなんて。
昌也は桁外れな中学生だった。
『ただ、それだけでよかったんです』松村涼哉(電撃文庫)12ページより
才能が無かったことをあげる方が難しいくらいの人間だった。
昌也というのが、『菅原拓は悪魔だ』という遺書を残して自殺してしまった生徒です。
そしてここで昌也を”桁外れな中学生だった”と評しているのは彼の姉……。
弟に対する姉の評価がどこまで信用できるのか難しいところですが、昌也がほんとうに万能であったなら、そんな相手を含めて4人も支配した「悪魔のような中学生」の異質さが際立ちます。
『ただ、それだけでよかったんです』はこの謎の真相が明かされるまでを楽しむのが最大の魅力なわけですが、面白いのは視点主(語り手)の大半が悪魔と称された菅原拓だということ。
つまり、犯人(……と称するべきかはさておき)の視点で謎が明かされていくんです。
事件があって犯人が実は主人公だった、という小説は読んだことがありますが、事件の結末と犯人が最初から明かされていて、その真相を犯人視点で語っていくという形は初めて見ました。
あえて欠点を挙げるなら、謎の究明に集中していて、人物の行動や感情の描写が少なく小説の醍醐味が薄れていることと、次々に謎が積み重なる形をとっているから、情報の後出し感があることの2点でしょうか……。
しかしなかなかお目にかかれない構成ですし、くり返しになってしまいますが謎の真相は秀逸ですのでぜひお楽しみに!
ネタバレLevel③『ただ、それだけでよかったんです』のおすすめ&感想
この先は読了済みの方に向けて、ネタバレありの感想を書いていきます。
驚愕の結末への感想など、共有できたら嬉しいです!
ある意味あっけない、しかしある意味リアリティのある”真相”が生むテーマ性
壮大な謎を提示しておきながら、真相そのものはあっけない。でもそこにリアリティがあり、主人公たちが中学生という設定にも頷けます。
その上で、提示してきた謎にはきっちり答えているのだから、このコントラストには唸らされました。
備忘録として『ただ、それだけでよかったんです』の核とも言える”謎の真相”をまとめておこうと思います。
- 「一人が四人を支配」ではなく「四人が一人をいじめ」ていた。
- 自殺の被害者は、四人の中でもいじめのリーダー的存在。
(彼は才能ある中学生という評価だったが、その才能はいじめにも発揮されていた) - 壮絶ないじめにあう主人公はひとりぼっちで助けを求める相手がおらず手詰まり。
- 主人公は気づく。いじめる側も苦しんでいる。”人間力テスト”によって抑圧された雰囲気に活路を見いだそうとした結果がいじめなのだろう。その環境を変えることが”革命”だと信じた。(革命を決意したきっかけは、好きになった女の子が泣いていたから)
- 主人公は自ら悪者となる。
いじめる相手に暴行
⇒自ら非を認める
⇒土下座で謝罪して各クラスを回るという”罰”を自ら誘導して受ける
⇒「一人で四人をいじめた」ことを学校中で謝罪することで、本来は嘘である情報を公然の事実へ仕立て上げた。 - 中学生男子にとって「いじめられる」ことは恥ずかしいこと。
しかも、学校中で土下座するという醜態をさらしている一人に、四人一緒にいじめらていることにされた。 - 自殺被害者は才能がありクラスでも中心人物だったゆえに「他人に情けないと思われる」ことに耐えらなかった。
「いじめ絡みで自殺……」は悲しいですがリアリティがありますよね。
しかし今回の真相は「いじめられた側が加害者になりすまし、周囲からの憐憫に耐えられなくなった本来の加害者が自殺」というもの。
この一文だけ読むとわけがわかりませんが、それを小説一冊で成立させていることに脱帽です。
「いじめられた側はみじめで情けなく感じている」にも共感できる人が多いのではないでしょうか。
こういう感覚を抱いてしまうのは現代——特に多感な年頃の集団生活の形式ゆえに思えて、いじめ問題とあわせて『ただ、それだけでよかったんです』という作品に深いテーマ性を感じさせてくれるように思いました。
「なぜいじめるのか?」を浮き彫りにした”人間力テスト”という設定
『ただ、それだけでよかったんです』の一番の魅力は、どんどん深まっていた謎の真相が明かされたときのカタルシスだと思います。
でも、それに負けないくらい、謎の根本となった背景のリアリティというか共感性がすばらしいです。
学校の中ではもちろんですが、社会に出ても集団生活の息苦しさはついて回ります。
人からどう見られるか、自分と他者の差異、承認されたい欲求、それを踏まえてどう立ち回るか……。
これらに共感しない人はほぼいないと思うので、センセーショナルに描いたクライマックスは秀逸だと思いました。
そして、そういう共感を増幅させるために用意されたであろう”人間力テスト”という設定は面白いですよね。
あのクラス全員が人間関係の重圧に苦しんでいたんです。もちろん、中学生ですから、人間力テストなんてなくても、息苦しさはあるでしょう。が、人間力テストはその息苦しさを何倍も高めていた。
『ただ、それだけでよかったんです』松村涼哉(電撃文庫)204〜205ページより
「人間力テストがなくても息苦しさはある」と言及されている通りなのですが、根底にこの設定があるからこそ、あの息苦しさがより浮き彫りになっていると感じました。
この作品を分析してみる
最初にズバンと謎を提示。それをフックにして読者に読ませる作品としてずば抜けていると思います。
特殊な構成なので体系的に参考にするには向いていませんが、要素に分解できればすごく勉強になります。
- シーンごとに新たな情報を出して、読者が謎への興味を深めるよう工夫されている。
- 主人公だけが真実を知っていて、それを明かす形。主人公が本心を語らないゆえに、序盤から中盤にかけては、読者に感情移入させることが難しい。だから読者への共感にこだわらず、謎へ興味を惹かせることに徹している。
- 謎の真相を明かすには主人公以外のキャラの視点も必要で、おそれず視点も変えている。(これも②の考えがあるから実行できる)
- 真実を知っている主人公にとっても予想外の事態を用意し、それが物語にメリハリをつけている。
- (多少の強引さと突拍子さはあるが)バラバラに思えた情報がラストで集束するようになっている。「ソーさんの正体」「物語上での石川の存在意義」「紗世の素性」など。
——このあたりに注目して読むと作家としての勉強になるはずです。
個人的には「人間力テスト」をもっと深掘りした話が読みたかった思いもあります。
実際にテストされるシーンもなく話題に出てくるだけで、表面的な設定になってしまっている印象です。
……まあそういうコンセプトでないのは承知してますが、人間力テスト主体の小説があったら面白そうじゃないですか?
おわりに:『ただ、それだけでよかったんです』を読んで
自分で小説を書くときは、キャラの心情や、読者がそこへ共感してくれることを意識しているので『ただ、それだけでよかったんです』は読んでいてすごく勉強になりました。
謎を提供することで読者の興味を惹く術が詰め込まれています。
終盤で真相が明かされてからは共感の嵐といった感じですし、クラスメイトがSNSでやり取りしているシーンなど含めて現代の人間関係や承認欲求といったテーマ性にも深みがあります。
電撃大賞で頂点に立つにふさわしい、流石と評するべき一作でした。