【6冊目】伊坂幸太郎『フーガはユーガ』のおすすめ&感想
6冊目は伊坂幸太郎先生の『フーガはユーガ』です。
美しい藍色と、意味深なタイトル&デザインに惹かれて手に取りました。
ベテラン作家の感性と技巧にあふれた素晴らしい作品。
残酷な描写や鬱屈してしまう要素も含まれていますが、是が非でも最後まで読んでほしいです。
クライマックスに差し掛かり、この作品の真価を発揮し始めたときは鳥肌ものでした!
「おすすめ&感想記事」の読み方
まずは記事の読み方からです。
これは毎回載せるので、「くどいよ!」と思う人は読み飛ばしてくださいね。
最初に独断と偏見で、読了した作品への評点を発表します。
プロの先生方の作品を評価するという行為に抵抗はありますが、この形が一番わかりやすいんじゃないかなぁと思っています。
以下の感じです。
- 各項目10段階で採点。(特に優れていたら10点以上もつけます)
- 評価項目は随時変わる、かも。
- 記事にするのは平均7点以上になった小説のみです。よって、このブログで紹介しているのは僕がとくに面白いと感じた作品ということになります。
- 小説への評価(感想)は人生を通して変化していくもの。再読した場合には第2弾以降の評点も追記します。(以前の評点もそのまま残しておきます)
以降、3段階に分けて、小説の感想やおすすめポイントを書いていきます。
あえて3段階に分けるのは、作品のネタバレ度合いを選択できるようにするためです。
単行本裏表紙のあらすじ(またはネット販売ページ上のあらすじ)を引用せていただき、それを元にして僕の抽象的な感想をお伝えします。
必要最低限のネタバレのみで読み始めたい人はここまで。
物語の核心には触れませんが、どんなストーリーなのかや、どんな気持ちにさせてくれる小説なのかといった僕なりの感想を書いていきます。
ある程度ネタバレを避けつつ、自分に合った小説なのかを吟味してから読み始めたい人はここまで。
読了済みの人に向けた感想です。
みなさんと感想を共有できたら嬉しいです!
【独断と偏見】『フーガはユーガ』の評点
『フーガはユーガ』を独断と偏見で評点します。
ストーリー 12 | どうコメントしてもネタバレになりそうなので控えますが、満点(10点)以上を点けるしかなかったとだけ。 |
キャラ 9 | 主人公と、その双子の弟の二人を筆頭に、苦しい人生を生きているキャラが多いですが、絶望しきることもできず懸命に生きようとする姿にぐっときます。奥行きのあるキャラ造形です。 |
没入感 9 | 僕はここ(没入感)を評点するとき、主人公に共感して物語を疑似体験できるかを重視しています。しかし『フーガはユーガ』は、これにあまり当てはまりません。それでも9点と高得点にしたのは、『フーガはユーガ』はキャラよりも作品そのものに惹き込まれると感じました。主人公たちはもちろん、ストーリーやテーマ、構成に至るまで作品すべてが読者を惹き込む力を持っています。 |
エモ度 (感情的) 10 | 主人公の視点で語られますが、けっこう淡々としていて情緒豊かといった感じはしません。なのにすごく感動しました。主人公の境遇と行動の結びつけが見事だし、一つ一つのエピソードに惹き込まれます。……終盤からラストにかけては、とりわけすごいですよ。ほんと。 |
読み味 8 | わりと頻繁に時間軸を変える構成なのに読みづらさがありません。文体は比較的淡々とした主人公の一人称ですが、それが作品にすごく合っています。ネガティブだったりバイオレンスだったりの描写は多めなので、それが受け付けない人だけご注意ください。 |
合計点:48 平均点:9.6 | めちゃくちゃスゴい作品だなと思いながら読んだものの、評価項目に当てはめて評点するとなると難しかった……。 ストーリーはもっと高くしてもいいくらい感嘆したし、これまで”読みやすさ”で評点していた項目を”読み味”に変えたのも、”読みやすさ”では判断しきれないのではと悩んだ結果です。 ずんと心に来るようなシーンが多いので、ひたすら明るい話が好みの読者さんには向きません。でも、小説の魅力や潜在力に満ちた作品です。 |
ネタバレLevel①『フーガはユーガ』のおすすめ&感想
双子の兄弟が織りなす
「闘いと再生」の物語常磐優我は仙台市内のファミレスで一人の男に語り出す。双子の弟・風我のこと、幸せでなかった子ども時代のこと、そして、彼ら兄弟だけの、誕生日にだけ起きる不思議な現象、「アレ」のこと——。ふたりは大切な人々と出会い、特別な能力を武器に、邪悪な存在に立ち向かおうとするが……。文庫版あとがき収録。本屋大賞ノミネート作品!
伊坂幸太郎『フーガはユーガ』(実業之日本社)の裏表紙より
小説の感想記事は過去に他のブログでも書いてきましたが、どの程度ネタバレするかというあんばいが難しいです。
明かしすぎれば、作品を読もうと思ってくれた人の楽しみを薄れさせてしまう。
かといって伏せすぎれば、作品の魅力を伝えられない。
そんな葛藤があって、このブログではネタバレを段階的にしています。
ネタバレLevel①では公表されている紹介文に合わせているのですが……。
今回の『フーガはユーガ』の公式紹介は情報をかなり伏せていますね。
それだけ繊細な物語とだけ、お伝えしておきます。
繊細で、切なくて衝撃的です。
読んでいて憂鬱になりそうなテイストではあります。
が、なんというか……。
今現在、幸せな人も、そうでない人にも読んで欲しい作品です。
特別な能力を手にした双子の闘いの物語。
この作品ならではの文体にもぜひ注目してください。
おそらく一文目から、ふだん目にしている文体との違いを感じていただけると思います。
ネタバレLevel②『フーガはユーガ』のおすすめ&感想
少しだけネタバレしていきますね。
誕生日にだけ起きる不思議な現象「アレ」とは、ずばり双子の入れ替わりです。
物理的に互いの身体が瞬間移動します。
誕生日の、特定の時間にだけ、服や持っている物も一緒に、お互いに場所が入れ替わる。
細かいルールはもっとありますが、大雑把に説明するとこんな感じです。
発動する日時をはじめ、細かいルールが明確。
しかも、入れ替わるのは見た目でどちらか判断しづらい双子——。
想像するだけで、いろいろなことができそうですよね。
悪戯とか、犯罪的な使い方がまっさきに浮かんでしまうあたり僕は心が汚れているかもしれません……。
で、肝心の双子がこの現象をどう利用するかというと、主に”闘う”ことに使います。
相手は主に悪事を働く不届き者です。
それだけ聞くと、いかにも正義感にあふれた双子のように思われるかもしれませんが、これには疑問符が付きます。
この双子、正義の味方と呼べないこともないですが、倫理観に欠けたり好戦的な面が見えることが多いのも特徴です。
でも根底には優しさがあったりもして、このあたりは双子の境遇にも起因しています。
妙にリアルというか……双子がかなり重層的な人格を形成しているのも魅力なんですよ。
このあたりは伊坂先生の手腕ですね。
何よりストーリーの構成が秀逸すぎて、ぜひぜひ最後まで読んで、あの衝撃を味わってほしいです。
ラストに向かう終盤は鳥肌ものです!
ネタバレLevel③『フーガはユーガ』のおすすめ&感想
この先はネタバレに配慮しておりません。
僕個人の感想を書いていくのでご注意ください。
文体を駆使して『フーガはユーガ』というタイトルに意味を与える
『フーガはユーガ』はユーガの一人称文体。
ですがプロローグとエピローグの文体は、人ひとりの視点では説明のつかない表現がされています。
まずはプロローグから。以下は冒頭の一文です。
僕が殴られているのを、僕は少し離れた場所で感じている。
文庫版『フーガはユーガ』伊坂幸太郎(実業之日本社)7ページより
僕の視点から、二人の”僕”が描写されているのが分かります。
- 殴られている僕
- それを離れた場所で感じている僕
現実に殴られているのは弟のフーガで、別の部屋にいるユーガもなぜかそれを感じている、というのが真相です。
考えられる可能性は2つありました。
- 想像力を働かせることで錯覚している。
- ユーガとフーガの感覚が実際に繋がっている。
双子、という設定を考えると②が有力そうですが果たして……?
この謎に関しては、明かされないままエピローグへ向かいます。
以下はクライマックスシーンの最後の一文です。
この一文のすぐあとで、エピローグが描かれることになります。
応急手当を受けたワタボコリが担架で運び出されていく。シートをかけられた僕も、それに続いた。
文庫版『フーガはユーガ』伊坂幸太郎(実業之日本社)321ページより
ワタボコリには「応急手当」と「担架」。
しかしユーガには「シートをかける」……。
ユーガの死亡を示唆するには十分な描写です。
ところが、エピローグでも引き続きユーガの視点が用いられています。
死んでしまった人物の一人称視点なんて普通ではありません。
(時系列的にはクライマックシーンの後の場面なので、回想という線はなさそうです。)
ここで考えられる可能性は3つでしょうか。
- 幽霊になったユーガの視点。
- ユーガが生きていたらという”仮定の表現”。
- ユーガはフーガの中に生きている。
どう捉えるかは読者次第ですが……。
プロローグでの「ユーガとフーガの感覚が実際に繋がっている」と、
エピローグでの「ユーガはフーガの中に生きている」が答えなのだと僕は思いました。
なにより『フーガはユーガ』という、二人を重ねるようなタイトルと合っていますしね。
この作品ならではの文体を用いることで、切なくも救いの感じられるラストに仕上げるだけでなく、タイトルの意図まで回収してしまっていることに感嘆です……!
精緻なパズルのような作品。しかも最後まで悟らせない。
僕が『ユーガとフーガ』という作品で最も感動したのはストーリーの構成でした。
読み始めたときこの作品は、「特別な能力を手にした双子が、複数の事件に挑んだエピソードを回想的に語る、短編集のような小説」なのだと思っていました。
ところがクライマックスに向かう段階になって、一見繋がりがないように思えた短編たちが、パズルのピースのように組み上がっていくではありませんか……!
まさか「回想を語るための相手役だと思っていた高杉が犯人であること」に集束する物語だったとは。
次から次へとピースが嵌まっていく感覚は読んでいて痛快でした。
ちょっとうろ覚えですが、とある小説教本で「シーンはドミノ倒しのように連なっていくべき」と書いてあったのを覚えています。
これに感銘を受けた僕としては、小説の構成にはこんなテクニックもあるんだなと勉強させていただいた思いがします。
やはり小説創作は奥が深いですね。
おわりに。本屋大賞へノミネートも納得の作品でした。
ユーガとフーガ、二人で幸せになってほしかったので、ユーガが亡くなるという結末は悲しいです。
しかしながら、エピローグでの描写に救われた思いがします。
小説ならではの表現方法で成り立っている作品であり、構成に関しても美事の一言。
本屋大賞にノミネートされるのも納得の名作でした。
……わたくしごとの話をちょっとさせてもらうと、実は僕も”複数の人物による同一の視点”での小説を書こうとしたことがあります。
伊坂先生のように効果的に使えなかったこともあり頓挫しているのですが、『フーガはユーガ』を読んでまた書きたくなってきました。
再挑戦してみるかなぁ。
それではこの度も最後まで読んでくださってありがとうございました!