冲方丁先生

【4冊目】冲方丁『マイ・リトル・ヒーロー』のおすすめ&感想

enkzm

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4冊目です!
3冊目に続いて冲方丁先生の作品になります。

同じ作家さんが続いて恐縮ですが、ふらっと立ち寄った本屋で冲方先生の新刊が平積みになっていたとあれば、ファンとして手に取らずにいられませんでした。

前回の『光圀伝』は、ひいき気味の評点になったので、今回は気をつけたいと思います。
……できるだけ、ですが。

「おすすめ&感想記事」の読み方

まずは記事の読み方からです。
これは毎回載せるので、「くどいよ!」と思う人は読み飛ばしてくださいね。

最初に独断と偏見で、読了した作品への評点を発表します。
プロの先生方の作品を評価するという行為に抵抗はありますが、この形が一番わかりやすいんじゃないかなぁと思っています。

以下の感じです。

  • 各項目10段階で採点。(特に優れていたら10点以上もつけます)
  • 評価項目は随時変わる、かも。
  • 記事にするのは平均7点以上になった小説のみです。よって、このブログで紹介しているのは僕がとくに面白いと感じた作品ということになります。
  • 小説への評価(感想)は人生を通して変化していくもの。再読した場合には第2弾以降の評点も追記します。(以前の評点もそのまま残しておきます)


以降、3段階に分けて、小説の感想やおすすめポイントを書いていきます。
あえて3段階に分けるのは、作品のネタバレ度合いを選択できるようにするためです。

ネタバレLevel①
ネタバレ少なめ。

単行本裏表紙のあらすじ(またはネット販売ページ上のあらすじ)を引用せていただき、それを元にして僕の抽象的な感想をお伝えします。

必要最低限のネタバレのみで読み始めたい人はここまで。

ネタバレLevel②
ちょっとだけネタバレあり。

物語の核心には触れませんが、どんなストーリーなのかや、どんな気持ちにさせてくれる小説なのかといった僕なりの感想を書いていきます。

ある程度ネタバレを避けつつ、自分に合った小説なのかを吟味してから読み始めたい人はここまで。

ネタバレLevel③
ネタバレあり。

読了済みの人に向けた感想です。
みなさんと感想を共有できたら嬉しいです!

【独断と偏見】『マイ・リトル・ヒーロー』の評点

『マイ・リトル・ヒーロー』を独断と偏見で評点します。

ストーリー
8
しょっぱなから主人公が抱える問題へずばり言及。序盤で主人公の問題を提示するのは基本ですが、ここまで明確なのは思い切ってますね……。その先の構成はシンプル。とはいえ随所で読者の興味を惹く巧みな工夫が見えるあたり、さすがは冲方先生といったところ。読者の感情に訴えることや、世界観を優先していると思われ、もくろみどおり成立している印象を受けます。
キャラ
9
キャラ数が比較的多いですが、上手く書き分けていてストレスなく読めます。どの主要キャラにも見せ場があるのがすごい。とりわけ主人公がいいですね。応援したくなる主人公です。
没入感
9
バトルロイヤルゲームを題材にした小説です。ゲーム内の描写が丁寧。かつ戦略も凝っていて世界観を楽しめます。三人称ながら、主人公の視点に立つ文体なので、一緒になってのめり込める読者は多いはず。難点を挙げるなら、設定の細かい部分にまで説得力を求める読者には、気になってしまうかもな要素があります。(冲方先生はあえて言及していないと思われますが)
エモ度
(感情的)
10
おそらくは感動できることを目指した作品です。クライマックスでの盛り上げと、エピローグでの感動は必見。
読みやすさ
9
冲方先生は作品ごとに意図して文体を変えていると思いますが、ほんとに器用ですね……。今作では文体を凝りすぎないようにしている印象。ゲーム内での行動や描写が多いので、それを楽しめるなら、よりスラスラ読めるはずです。
合計点:45
平均点:9.0
冲方先生なら凝ったストーリーや設定、表現もできるはずですが、今作はシンプルさに徹しているようです。純粋に楽しめる作品でおすすめですよ!
初回の評点(2023年5月)

ネタバレLevel①『マイ・リトル・ヒーロー』のおすすめ&感想

意識不明の息子からゲーム内に届いたメッセージ。
息子を救うため、父はeスポーツの世界大会を目指す――

暢気なだけが取り柄の暢光は、事業を興しては失敗し、妻から離婚を言い渡される始末。離れて暮らす中2の息子と小3の娘とはオンラインで会うばかりで、オンラインゲームは最後の砦となっている。
そんな中、息子の凛一郎が交通事故に遭い、意識不明に。悲しみに暮れる暢光だったが、ゲーム内で息子からメッセージが届き……
ゲームを通して成長し、繋がっていく、新しい家族の物語。

Amazon『マイ・リトル・ヒーロー』(冲方丁/文藝春秋)の作品紹介より

設定自体は珍しくない感じですかね。
僕は『ソードアート・オンライン』と『光のお父さん』が浮かびましたが、みなさんはどうでしょうか?
(補足:『ソードアート・オンライン』はゲームオーバーが現実での死を意味するゲーム内に主人公たちが閉じ込められる話。『光のお父さん』は、すれ違いばかりだった父との絆を取り戻すため、正体を隠した息子が父をオンラインゲームに誘う、実話をもとにした小説です。)

主人公・暢光は二人の子供を持つお父さん。
作品紹介では”暢気なだけが取り柄”と評されていて、作中でもそう言及されていますが、付け加えるなら”底抜けのお人好し”です。

お人好しゆえに、取り引き相手に騙されては事業に失敗し続け、呆れ果てた妻からは離婚を言い渡されてしまいました。

……そんな暗い話題から始まり、さらなる悲劇が訪れます。

離婚後も、オンラインでやり取りしながら良好な関係にあった息子・凜一郎が交通事故にあって意識不明になってしまいます。

打ちひしがれる暢気は、オンラインゲーム『ゲート・オブ・レジェンズ』に凜一郎がオンラインしているのを発見。
最初はなりすましを疑ったものの、話してみれば愛する息子本人としか思えなくて……。

”家族の物語”と銘打たれたとおり、特に暢光と凜一郎の父子の絆が最大の見どころ。

……と、した上で実は父子の絆以外にも感動的な関係性が多いんですよ。
ネタバレを含んでしまうので多くは語りませんが、暢光の暢気さやお人好しさあってこその絆が紡がれていきます。

ご期待ください!

ネタバレLevel②『マイ・リトル・ヒーロー』のおすすめ&感想

Amazonで『マイ・リトル・ヒーロー』のページを見ていたところ、冲方先生の直筆メッセージが掲載されていました。

「悪い人」がまったく出てこないハートフルな物語に全力で挑戦致しました!
純真に戦う小さなヒーローを応援する喜びを、主人公の暢光とともに是非味わって頂けたらと思います!

Amazon『マイ・リトル・ヒーロー』(冲方丁/文藝春秋)の作者直筆メッセージより

「この作品には、悪意のある適役が出ないでほしいな……」と思いながら読み進めていましたが、杞憂でしたね。

冲方先生のこのコメント、なかなかに挑戦的だと思いませんか?
明確な敵は不在だから、この小説を読むにあたって妙な勘ぐりは不要と言っているようなものです。

敵の有無を明かさなければ、その分読者をハラハラさせられます。
その道を事前に自ら閉ざしているのですから、冲方先生はあくまで「ハートフルな物語」にこだわったようですね!

とはいえ、ただただ善人だけの人間模様を描いているかというと、それは違います。

暢光たちに大きな目標を与えた上で、適度な試練を課して進んでいくストーリーなので、心温まる一方で、ちゃんとワクワクもさせてくれます。

とりわけ、ゲーム内で戦うシーンを楽しめる読者さんにはおすすめです!

僕はあまりゲームに詳しくないのですが……。
(ちなみにゲームは『ファイナルファンタジー』や『ゼルダの伝説』などRPG系が好きでした。『ポケモン』もルビー・サファイアまではやり込んだ記憶があります。最近は某サッカーゲーム以外やってないですね……)

作中で暢光たちがプレイするのは『ゲート・オブ・レジェンズ』なるゲームです。
ジャンルはオンラインでの”バトルロワイヤル”、でいいのでしょうか?

複数のプレイヤーがマップに投下されバトルを繰り広げます。(ソロでも、チームを組んでもOK)
このバトルが単純な戦いにとどまらないのが面白い。様々なゲームジャンルが、まぜこぜなんですよね。

  • 多岐に渡るアイテムを現地調達して戦う。
    (弾薬などの武器にはじまり、ワイヤーガンやトランポリンなどの変わり種も登場)
  • 独特な乗り物が何種類も配置されていて、入手したプレイヤーは乗り回すことができる。
  • 建築要素があって、砦を築いたり、戦闘中に壁を作り出したりできる。
  • プレイヤーは操るアバターの種類を選べる。
    (ノーマル、ライダー、ソードマンetc.)
  • 上記のように選択肢が多いため、チームプレイや戦略が極めて重要になる。

これはモデルとなるゲームがあるのか、冲方先生が考えたのか……。
こんなゲームがあるならやってみたいものです。

『マイ・リトル・ヒーロー』は大半のページをゲーム内での描写に割いていますが、暢光たちが上達したり、新たな戦略を考えたりと常に変化していくので飽きがきません。

息子の凜一郎はゲーム慣れしていて強く、暢光は勝手こそ分かっているがそこまで巧くない。
ここにゲーム未経験の妻・亜夕美や、義母・芙美子も参戦。
さらには弁護士や元詐欺師も真剣にゲームに挑みます。

さらには『ゲート・オブ・レジェンズ』の世界チャンプも関わってくるのですが、いずれも暢光の人柄ゆえに繋がりが生まれるんですよね。

暢気でお人好し。一見すると、救いようがないとも取られてしまう思暢光ですが、僕たちが見習うべき点が多いです。
そして、そんな父親を好いている凜一郎もすごくいいですね……。

冲方先生が挑んだ「ハートフルな物語」。
ぜひお楽しみください。

……もうちょっとだけネタバレすると、作中で登場するメッセージ文がめちゃくちゃ感動的でして、個人的にはラストシーンに負けず劣らずおすすめしたいポイントです!

ネタバレLevel③『マイ・リトル・ヒーロー』のおすすめ&感想

僕は冲方先生のファンですが、今作は意外に感じることが多かったです。

冲方先生は経験豊富なうえ、頭がよくて下調べも徹底しているので、どの作品も隙のない印象でしたが、『マイ・リトル・ヒーロー』ではあえてゆるくしているようです。

ストーリーは捻ろうと思えばいくらでも捻れたと思いますが、「ハートフルな物語」のためにあえてシンプルにしているように思えます。

設定に関しても、ゲームのルールや戦略など、演出上必要なところは徹底しているのに、凜一郎の意識がゲームに閉じ込められた経緯や理由、そしてなぜゲームの大会で優勝することで自分の身体に帰ることができるのかにも言及していません。

強いて言えば、祖母・芙美子や、世界チャンプのマシューが信じている”スピリチュアル”だからで済ませています。
SF作家としても著名な冲方先生が、あえて理論的な説明を省いたのだと考えると、ますます尊敬してしまいます……。

作品のためにエゴを捨てられる作家は素敵ですよね。

作品におけるテーマ的な要素が統一されていないのも興味深かったです。

  • 暢気さとお人好しさで苦い思いをした暢光が、なおも変わらぬ姿勢でいることで、最後には成功し「善人でいることはやっぱり大切」なことを表現。
  • 作中では「諦めない姿勢の大切さ」が暢光と凜一郎を通して何度も語られる。暢光は諦めないことで多くの協力者を集め、凜一郎は諦めない姿で人々を感動、あるいはライバルを戦慄させたりする。
  • 詐欺師だった祐介が暢光と出会うことで改心して成功したり、事故を起こしてしまった善仁が罪と向き合いながら立ち直ったりと、「人生はやり直せる」姿を見せてくれる。
  • 暢光と凜一郎の父子に加え、離婚を切り出しておきながら暢光への情を捨てきっていない亜夕美や、奔放ながら兄を想う明香里の「家族愛」。
  • 暢光と、現役を離れるマシューが対話する最後のシーン。締めくくりの一文は『私たちの小さなヒーローのために』であり、「次代へ繋ぐことへの慈しみ」を描いている。(年長者の立場から若者たちを見守る、芙美子や武藤先生の存在もこの一端と言えそう)

タイトル&締めの文章から察するに、本命のテーマは「次代へ繋ぐことへの慈しみ」と思われるものの、これだけのテーマ(=学びや気付き)を描いているのがすごい。
シンプルなストーリーで、「ハートフルな物語」だからこそ、説教くさくならずにスッと受け入れることができました。

加えて、ベテラン作家の技巧も多く、小説を書く人なら勉強にもなると思います。

個人的には222ページからの構成に関心してしまいました。
ここに限った話ではありませんが、回想の使い方が巧いんですよ……。

簡単に説明しますね。

興味を惹く要素を出してシーンを終える

「大ピンチにさっそうと登場した世界チャンプが、なんと味方になってくれるらしい!」
↑この情報を提示して一度シーンを終える。

シーンを切り替える(大ピンチがどうなったかはまだ分からない)

シーンを切り替えると、ゲームはすでに終了している。世界チャンプの助太刀によって、あの大ピンチがどうなったかはまだ不明。読者の興味を惹いている。

回想の形で最初に省いたシーン(大ピンチの結果)を書く

暢光の「すごかったなー……」という感嘆の言葉の直後に回想へ移行する。

といった感じです。

わざわざ回想にする必要があるのかと思われるかもですが、個人的には以下のような利点があると思います。

  • 「すごかったなー……」という暢光の感想を前置いて回想を始めるので、読者の意識を「どうすごかったのか?」に向けられる。
  • 回想なので、暢光の俯瞰した視点から大ピンチの結果をえがける。よって情報の提示などの補足がしやすい。
  • 暢光の次の行動(マシューにメッセージを書く決意)へスムーズに移行できていて、これは単純にシーンをぶった切るより恩恵ありそう。

細かいことではありますが、シンプルなストーリーゆえに冲方先生の工夫や配慮が随所に感じられ、読者としてはもちろん、書き手としても大いに読みごたえがありました

ページ数こそ多いですが純粋に楽しみながら読めて、心を温かくしてくれる作品です。
気になった人は、お手に取ってみてくださいね!

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葛史エン(くずみ えん)
葛史エン(くずみ えん)
小説好き(読書/執筆)
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